はじめに、平素より徳島大学男子ラクロス部に多大なるご支援、ご声援を賜りまして誠にありがとうございます。
今年度TSリーダーを務めました三好怜です。
いよいよ私にも引退ブログを書く時が来てしまいました。
実は私は、チームへの存在意義が分からなくなった時や悩んだ時、他大学や他チームの方々の引退ブログを読んでいました。
会ったこともない方々の引退ブログに綴られている言葉にたくさん救われてきました。
そんなブログを今自分が書いているという事実に引退したんだなと実感しています。
長くなるかと思いますがぜひ読んでいただけたら嬉しいです。

まず4年間を振り返って
「あっという間だったな」と言いたいところですが、とても長かったです。
1年生
他県から来た私はとにかく友達が欲しくて、部活に入るのが手っ取り早いと思っていたので、中高で続けていたソフトテニス部に入りました。
しかしラクロス部の新歓に誘われて断れなかっので行ってみたら、部員数多そうじゃし楽しそーーーって思って気づいたら入部していました。
兼部していいのかも知らずに、、。
ビンゴ大会に行った時、りょうたさんとせんてぃーさんに身長ちっちゃいと絡まれたのは今でも忘れません。ふつーに怖かったです。
当時はソフトテニスメインでやりたかったので、適当にやって友達作れればいいなくらいで入ったのに気づけばソフトテニス部の方を辞めていました。
朝練終わってもアフターシュー練の動画撮ったり
1.2限終わったあと総グラに戻って壁あてについて行って下手っぴなみんなの球拾い係になったり
土日のバイトのない日は夕方まで総グラにいたり
ただただベンチに座っておしゃべりしたり
アホみたいに総グラで先輩や同期とずっと一緒にいました。
充実した日々でした。
ウィンターはほんとに楽しかった
自分以外の人が一生懸命プレーし勝つことがこんなにも嬉しいことなんだと初めての感覚でした。

2年生
だいすきだった1回生チームが無くなったことが嫌でしかたがありませんでした。
しかし、自分でラクロス部に入って頑張ろうと決めたにも関わらず、適当にただ時間が過ぎるのを待つような生活はしたくなかったので、何か夢中になれるものをみつけようと思いました。
それがスプレッドシートです。
徳大はずっとスコアを紙媒体でやっていたけど、データ集計とか出来たらいいのになとゆーたさんと話したのがきっかけです。
ある大学のインスタの質問コーナーみたいなのに載っていた画像1枚を頼りに作成を開始しました。
ゆーたさんの研究室にこもりあーじゃないこーじゃないって言いながら作りました。
スプレッドシートを完成させると言いながらほとんどはれいの話を聞いてくれてた時間でもありました。
ゆーたさんの存在は本当に大きかった。
ゆーたさんがいたからいまの自分がいる。
ラクロス部に熱中することが出来ました。
私が作ったスコアシートが今では当たり前となり、今の後輩たちは紙媒体でのスコアのやり方を知らない世代になりました。
当初は紙の方がいいとか言われたこともありましたが、続けたことで今シーズンから始めたデータ集計などのアナライジングにも繋がったのかなと思うとやって良かったなと思っています。
また、
人生で1番泣いた日があったのもこの年でした。
まさか大学生で大切な仲間を失うとは思ってもなかった。
しかも同期。
悲しくて悲しくてどうしようもなかった。
当たり前に大学に通い、勉強し、部活をし、友達と遊んで、バイトする。
そんな日々がかけがえのないものであるんだと、在り来りな言葉だけど本当にそう思いました。
必ず中四国制覇する。
人生を賭けて闘った仲間に、徳島大学男子ラクロス部としてできることはそれしかない。
本気でまなきにプレゼントしようと思った。

3年生
始動してすぐ、けんとさんとぶつかり総グラで地べたに座って3時間泣きながら話した時がありました。
今シーズンの主将とぶつかった私にラクロス部での存在意義を見出すことは出来ない。
正直、この時は
辞めたいではなく、「辞めてやろう」と思いました。
ですが、マネの人数が少なく既に仕事も与えられている中で人に仕事を押し付けてまで私に辞める勇気はありませんでした。
はなさん、さめりんさんに迷惑はかけれない。
けんとさんは嫌いでも2人と一緒に頑張りたい。
今だから言えますがそう思っていました。
今覚えば、唯一この1年間がチームや引退など他のことを考えず、ラクロス部での生活でひたすら自分のしたいことを自分の思うようにできる貴重な時間でした。
Finalに向けてチームが一丸となっていっているのを肌で感じたし、あんなに嫌いだったけんとさんもいつの間にかなんとも思わなくなっていたし28期のみんなに勝ってほしい支えたいと思うようになっていました。
だからこそ、Finalの敗退は本当に悔しかったです。
けんとさんが「勝たせてあげれなくてごめん」とはなさんに声をかけていた姿は今でも覚えているし、ひろきに来年言われたくないと強く思いました。
何があっても頑張ろうと決意した日でした。
4年生
TSリーダーになりました。
入部した当初はこんなことになると思ってもなかった。
今までで、リーダーにいい思い出はありませんでしたが任された以上、自分しかいないのなら「やるしかない」
そう思いました。
しかしTSリーダーとは私の想像するよりもはるか過酷なものでした。
始動してすぐ膨大な仕事と研究室となんとか食らいついていた時、あることがきっかけでやる気の糸がプツッと切れてしまい「辞めてもいいか」とひろきに泣きながら電話をした日がありました。
わっきーさんとも2時間くらい電話しましたね。
いろんな思いがありましたがやりきることこそが正義だとそんなふうに思いました。
まなきに来年こそはと伝えた自分は嘘だったのか
去年のFinalでやってやると決意した想いはその程度だったのか
自分で決めたことをやりきらず逃げるほどれいは弱い人間じゃない
そう自分を鼓舞しました。
トップに立ちチームのために動いていてくれているわっきーさんとひろきに辞めたいと言ってしまったこと、TSリーダーとして浅はかな発言をしてしまったなと今では申し訳なかったと思っています。
と思ったリーグ開幕前。
またも逃げ出したいと思う出来事がありました。
チームに対してではなくマネージャー組織に対して悩んだ時期でした。
この時はふーきさんとゆーたさんに助けのLINEをしました。
2人とも働いている中、れいの狂ったような長文LINEにも返事をしてくれました。
4年生にまでなって1人で解決出来ないなんて本当に情けない。
2人の価値観を聞けば聞くほど、自分の考えは本当に幼いんだなと痛感しました。
自責思考。
私にはこれが足りなかった。
チームが上手くいかないのは、トップが成っていないから。ただそれだけ。
この1年間辛くしんどかったですがTSリーダーを務めたおかげでわたしは誰よりも成長したし、強くなりました。
「神様は越えられない壁は与えない」
私には高すぎる壁でしたが越えてみせました。
そう胸を張って言えます。

『今年度のTS組織は、チームに携わる「楽しさ」や「やりがい」を各々が見つけ出し、全員が主体性を持ちながら、試行錯誤を重ねつつ成長していける組織を目指します。』
誰も覚えていないと思いますが、始動の時の幹部紹介の投稿で私が書いた文章です。
3年生がおらずリーグ戦を経験したことがない1.2年生マネが10人もいる中で、どうしたらみんながやりがいを持ってこのチームに携わってくれるか。
そう考えた時に、仕事の種類を増やす事だと思いました。
言い方を気にせずいえば、この1年間はあれやこれや色んなものに手を出してきました。
日本語があっているか分かりませんが、
十人十色というか適材適所というか
役割を増やせば、それぞれが自分の得意を発揮できる場所が広がる
ただそう思いました。
新しく始めたことだけでなく、既存の仕事にも意味を持ってやってほしい。
それを伝えるためにも、私の思いを伝える為にもマネミーティングを沢山開きました。
ですが、仕事を増やしたことにより自分の首を絞めたのも事実だし、後輩にも大変な思いをさせてしまったかもしれません。
それでも「やる後悔よりやらない後悔」をしたくなかった。
思いついたことは全てやろうと思いました。
どうしても岡山大学とプレイヤーもマネージャーも人数差があり運営面で劣っているのは事実です。
ですが人手が足りないというのは言い訳に過ぎない。
環境のせいにはしたくなかったので私なりに精一杯頑張りました。
そしてやっと開幕。
開幕までは10年くらいに感じたのにそこからは1週間くらいで終わった気がしました。
Final4
去年、一昨年と負けたサドンで勝ちきったこと。
試合中ただ見ることしか出来ない身からすると、早く終わってくれと心が痛かったですが絶対に忘れられない試合になりました。
試合終わりのみんなのやり切った顔。
めちゃくちゃいい顔してたよ。
楽しかったね。
そしてFinal
去年みたいなサドンではなく点差もあった状態だったのに、最後までみんなが精一杯走り続け自分の限界を超えてまで戦う姿に感動しました。
あやは3Qの途中くらいからもう泣いてたね笑
結果は敗退。中四国制覇ならず。
4Qの試合終了のホイッスルがなった時、私は
「やっと終わった」
そう思いました。
去年のFinalで感じた悔しいという感情。
正直その気持ちはなく、涙も出てきませんでした。
しかし4年生だけでなく後輩が涙している姿を見て、このチームは中四国制覇の為にひとつになっていたんだなと。
プレイヤーだけでなく後輩マネが泣いていた姿を見てこの子たちは今シーズン精一杯戦ってくれたんだなと。
この子たちの事で思い悩んだことも沢山あったけど、信じて良かったと。
自分のやってきたことは間違えてなかったんだなとそれに気づいたとき涙が溢れてきました。
ゆーたさんが1年生の時にゆっていた
「正解は無い。最適解は何か考えながらやる。」
この言葉の意味がわかった気がしました。
それでもやっぱりスポーツの世界は勝たなければいけない。
「勝ちにこだわる」
やっぱりゆーたさんの言葉は深い。
来年こそは中四国制覇してほしいな。

この2試合だけでなくラクロス部で経験した全ての出来事が私の人生の財産になりました。
たとえ生まれ変わったとしても私は絶対にラクロス部には入部しません。
しんどい思いをしたくないからではなく
引退した今、もっとこうしてたら良かったと思うことがひとつもないからです。
自分が思う全てのことをラクロスに費やしました。
本当にやり切りました。
この事実だけで十分だなと思っています。
やめなくて良かった。

最後にメッセージを。
ママ、パパへ
何も言わず勝手にソフトテニス辞めてしまってごめんなさい。
ゆいの試合を楽しそうに応援に行っているのを見れば見るほど、本当に申し訳なくなりました。
けど、「プレイヤー」ではなく「マネージャー」の道を選んだこと、後悔はしてません。
なんだかんだ最後まで続けさせてくれてありがとう。
引退した時、「お疲れ様。よくがんばったね」と言ってくれたこと、一生忘れません。
ゆーたさんへ
ゆーたさんが1回生コーチにいてくれたおかげで、ラクロス部のことを好きになることが出来たし、4年間やりきる事が出来ました。
1年生の時は、れいが引退ブログを書いてるなんて思ってなかったでしょ笑
コーチが終わってからの2年間もれいの「愚痴ってもいい?」のLINEに必ず即レスしてくれたゆーたさん。
1番親身になって話を聞いてくれて、最後まで味方でいてくれてありがとう。
わっきーさん、ふーきさんへ
昨年度もコーチとしてお世話になりましたが、今年度は本当に本当にお世話になりました。
お忙しい中、私に電話をかけてきてくださったりLINEで沢山の励ましの言葉を送ってくれたり。
プレイヤーの技術面だけでなく私の精神的なケアをしていただけて本当に感謝しています。
おふたりからかけて頂いた言葉は本当に深く、私の心に響きまくっていました。
ありがとうございました。
後輩マネへ
なによりも着いてきてくれてありがとう。
本当に感謝しています。
れいはみんなの「見本」になれたかな。
なれていたのなら、この上なく幸せです。
れいの力なんてものはほんのちょっとで、みんなのものすごい熱量とエネルギーのおかげでこのシーズンやり切れたと思います。
さっきも書いたけど、みんなにマネージャーとして輝く方法は様々あると、この1年間で伝えたつもりです。
極めるのか逃げてしまうのかはみんな自身にかかっています。
どんなに過程がつらくてもしんどくても長くても必ず引退はあります。
そして、やり切った人にしか見えない景色があります。
来年、再来年と苦難の連続だと思います。
だけど、しっかりと真正面から仲間とぶつかってください。
みんなが引退する時に笑顔でおわれるように頑張ってね。
仲間を大切に。
応援してます。
同期へ
ひろき
1年間お疲れ様。
ひろきがどれほど大変で頑張っていたかはれいが1番理解してるつもりです。
だからこそ支えてあげたかったけど、支えられてばっかだった気がします。
1年生の時から主将はひろきだと言われ、それが揺るぐことはなくひろきが引っ張るチームのTSリーダーとして携われたこと、誇りに思います。
この1年一緒に頑張ってこれて良かった。
Final終わり、写真を撮っている時に
「ありがとう。れいがTSリーダーでよかった」と言ってくれて涙が出てきました。
全てが報われた気がしました。
こちらこそありがとう。
ひろき、なんだかんだ楽しかったよ。
29期でよかった。ただそれに尽きます。
10人全員がFinalの舞台でフィールドに立っているのを、ベンチであやと一緒に見ることが出来て本当に嬉しかった。
引退して部活に行かなくなった今、大学で誰ともすれ違うことがなく、部活に入っていなかったらみんなとは交わらない人生だったんだなと日々感じています。
みんなに出逢えたその事実だけでラクロス部に入部して良かったです。
そう思わせてくれてありがとう。
卒業してもみんなでまなきのもとに帰ろうね
さいごにOB・OG・保護者の皆様へ
今シーズン、チームを管理する立場で私がいちばん皆様と関わらせて頂いたとおもっています。
不甲斐ない部分も多くご迷惑をおかけしてしまったかもしれませんが、改めましてこの1年間私たちにたくさんの力を与えて下さりありがとうございました。
目標としている中四国制覇には届きませんでしたが、この1年間を通して25年度チームの仲間を想い目標に向かう姿が皆様の心に響いていたら嬉しいです。
来年度からも変わらぬご支援、ご声援よろしくお願いします。
かなり、長くなってしまいましたが
最後まで読んで頂きありがとうございました。
最後に
最高の青春をありがとう
三好怜

